2010年04月18日

蜂の境地

日曜の昼下がり。
ゲス野郎の僕がちょっぴりオシャレ系オヤジ気分になるFM番組「山下達郎サンデーソングブック」を聴いていると、最後に紹介されたお便りが〝運送会社を営んでいたが、諸事情により六月から仕事がなくなる見通し〟という実に今時な、身につまされる話題でありました。

僕は一応店舗経営者なので、自分でやめない限りは仕事がさっぱり無くなるという事にはなり難い環境ではありますが、別に稼げてる訳ではなく、ただ続けてるってだけなので、状況としてマシという訳ではありません。
しいて言うなら、従業員を含め守るべきものを抱えているというプレッシャーの面で、持たざる僕の方が遥かにマシであるくらいでしょうか。


昨日、兄がコレクションを処分すると言い出したそうです。

勤め先の工場の経営状態が芳しくなく、諸事情からそう長くは続かないであろう、という話くらいはお母ちゃん経由で聞いておりましたが、どうもその辺で切羽詰っての決断のようです。

いまや身内の葬式くらいでしか顔を合わすことの無くなった兄ですが、いち趣味人としてはこれは何とも寂しい話です。
コレクションといっても、僕の知る限りささやかなオモチャ集めです。
購入を控えるならまだしも、持ってるものまで吐き出さんでもと思うのですが、その辺の感覚の違いがソリが合わなくなった原因でしょうかね。


ここ数日、店の窓に蜂が取り付いています。
どういう経緯だったのかは判りかねますが、シャッターと窓の間に閉じ込められてしまい、そのうちに飛ぶ体力を失って立ち往生コースに乗ってしまったみたいです。

最初こそ怖かったものの、日を追うに従って同情めいた気持ちも湧いてきます。
といって何が出来るでもなく、ただまだ生きてるかを確認し、せめてと写メを撮っておくぐらいですが。
まあ擬人化した勝手なセンチメンタリズムであります。

蜂とあれば生きることの意味など考えもせず、ただ成り行き任せに死ぬも取り立ててどうと言う物ではないのでしょう。
人も本来そうしたものであったと思います。
しかしそこに心至るには、人はあまりに未練が多すぎるのかも知れません。
またその未練が人を動かす力の源でもあるのでしょう。

店を閉める頃、蜂の姿はありませんでしたとさ。  

Posted by チェリー2000 at 21:28Comments(2)