2012年05月10日

境界線上のアリア

昼からちょこっとバイト。
ちょうどアマゾン塩漬け在庫処分期間中だったので、発送作業が無かった事と、同業の手伝いなのでかなり融通を聞いてもらえたおかげで、隙間を縫ってあまり営業に差し支えない範囲でバイトできたけれど、今後のネット再開を見据えるとやはり継続的な通い仕事は難しいかも知れない。

そんな事を思いつつも具体的に必要な売上増額の算段を立ててみる。
いつか奴らの足元に叩きつけてやるという程のビッグマネーは要りませんが、やはり月平均5~6万は押し上げないと食えるレベルには到らないようです。

経費を圧縮するにしても、すでにまあまあギリギリのラインですので、絞り込んでもせいぜい一万くらい。
店売りがそうそう伸びはしないとすると、ネットとバイトで4~5万の増収を図らねばいけません。
ネット販売に関しては、売るぶんを増やすには仕入れも増やさなければならないので、単純に数字通りとはならないから、やっぱり継続可能なバイトが一番手堅い。

改めて考えてみてもなかなか上手いこと手詰まりになっていて、流石これまで放置していた問題だけのことはあると変に納得しつつ開店作業に取り掛かるとスーツ姿のOLさんの自転車が停車。
生保レディかなんかの営業かしらと一瞬警戒するも普通にお客さんでした。

なんでも以前来て、ご近所のカバン屋「ZIZZ」さんで営業時間が確認できたから久しぶりに来てみたとの事。
せっかくなので新しく作ったショップカードをお渡ししてまたのお越しをお願いしました。
以前のハガキ大・ぺらぺらコピーのと違って、いまの名刺大・ケント紙のショップカードは結構お持ち帰り頂けるようになりました。
ごく普通の代物ですが、普通であるにはそれなりに理由があるという事なんですね。

ちなみにウチのショップカードではこのブログの事は一切触れていません。

このブログは当店のことを知らない人が、なんかの拍子に見つけて知っていただくことを期待して始めたものなので、店まで来た人に敢えて読んでもらうような意味も、読み物としての価値もないからです。
いわば大海に流したボトル・メッセージのような、恐ろしく効率の悪い代物です。

しかも普通、古本屋のブログというのは入荷情報とか、買取の依頼募集のような商売気をメインに、店の雰囲気を伝えるような感じで書かれるようなのが普通だと思うのですが、ここは見事に無意味な駄長文。

これをビジネス100%でやってるというのだから狙いが外れすぎ、普通を外しまくっています。
個性的といえば聞こえはいいけれど、やたらに個性的ならいいってもんじゃないんですね。

まあでもこんな店でも少しずつ人が来てくれるようになってきたので、なんとか今の窮状をしのいで、この世間外れな店と生き方を、ギリギリの境目ラインで成り立たせたいものだと願いつつ、今日は季節外れのお汁粉つくって食べましたとさ。
境界線上のアリア

同じカテゴリー(古本屋)の記事画像
ゴールド・プラチナム
新春どり祭り
日暮れてしまう、催してしまう
お屠蘇気分か
アドマティック地獄
ビッグウェーブ、光る海につれだして!
同じカテゴリー(古本屋)の記事
 ミスターサマータイム (2019-07-01 21:26)
 短縮営業のお知らせ (2019-06-07 23:11)
 時代を跨ぐ一歩 (2019-04-28 00:55)
 ゴールド・プラチナム (2019-04-17 23:17)
 新春どり祭り (2019-02-14 22:14)
 臨時休業のお知らせ (2018-08-02 22:54)

Posted by チェリー2000 at 00:17│Comments(8)古本屋
この記事へのコメント
そんな、「メッセージ・イン・ア・ボトル(孤独のメッセージ)」…ポリスの曲です…をずっと3年間キャッチし続けてる私って…一体何なんでしょう?
Posted by あしたのサイキッカー at 2012年05月10日 07:30
主は甘い物ばかりですね(*´∀`*)
Posted by コーンポタージュ at 2012年05月10日 09:44
>あしたのサイキッカーさま
回収してもエコにもならない本当の産廃なので、〝海にゴミを流すな!〟と吐き捨てていただくのが時間の無駄もなく最良と存じます。

あと「メッセージ・イン・ア・ボトル」と聞くとケビン・コストナーの映画しか思いつかない上に、「ポストマン」とかぶって駄作だった気がしてしまうけど実は見た事がないというネガティブな連想がつながってとても残念な気分になります。
Posted by チェリー2000チェリー2000 at 2012年05月11日 22:02
>コーンポタージュ さま

しょっぱい物も好きです。

度が過ぎて辛いものは苦手です。
Posted by チェリー2000チェリー2000 at 2012年05月11日 22:03
回収不能のゴミは、核の廃棄物ではなくて、それを作った我々(人類)ではありませんかね…道東で、エゾシカが鳥に食べられてるのを見て、そう思いました。
そして、そのことを自覚する〈ネガティヴ指数〉によって、受け取る〈電波〉が異なると思いますが…どうでもいいことですがね(笑)。
Posted by あしたのサイキッカー at 2012年05月12日 00:05
エコ方面からの人類不要論の正当性は既に論を待たないところでしょうが、それ自体が人間の得手勝手なロマンチシズムに過ぎないのかも知れないとも思えます。
すべては単なる〝現象〟に過ぎないとすれば、ですが。
Posted by チェリー2000チェリー2000 at 2012年05月12日 22:12
しつこいようですが、すべてが“現象”とすれば、このブログも幽霊が発する“電波”のような物ですよね。
そして、それを受け取る私もまた…。
それにしても、もっと“毒電波”をくれ!~と願うのは、かなりのジャンキーかな?(笑)。
Posted by あしたのサイキッカー at 2012年05月14日 10:57
単なる現象であれば、人の営みに対する意味づけに意味はないのでしょう。
ソーシャルネットワークの世界では(いろんな意味で)毒が蔓延しており、まあ僕も割とそういった電波を相変わらず受信し続けてます。
現代では時間や距離、はたまた言語さえコミュニケーションを妨げることが無くなってきましたが、反面ガジェットを使えるかどうかが断絶、格差を産んでしまうとは、神様がバベルやらかした時にも思いもしなかったでしょう。
どちら側が幸運とは言えないですが。
Posted by チェリー2000チェリー2000 at 2012年05月16日 00:05
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。